は、昨日だった。
私の両親にも、戦後に頑張った多くの人々の心の中にも、この天皇陛下のお言葉があったのだろうな、と思う。
東京のお盆は7月なので、靖国神社の「みたままつり」も7月にある。会社の通勤路の途上なので、この20年くらい、その時期になるとなんとなく立ち寄っていたのだが、終戦から79年も立つと、もはや戦友を偲んで提灯を送っていた人々も鬼籍にはいり、あの世で戦友と再開しているのかもしれない。最近は隊の名前の入った提灯も減って、ご遺族なのだろうか個人名のものが目立つ。
しかしながらいつ行っても若い人たちで賑わっており、そのさまを国のために殉じた英霊の皆さんはどう見ているのだろうか?こんな平和な世界が訪れたことをひそかに笑って見ているかもな、と思う。
今日、靖国神社に詣でた政治家の方々の記事を読んで、今までに感じなかった違和感を抱いた。若く健やかで未来のある若者たちを、戦地に送ったのは紛れもなく政治家たちだ。なのに勇ましく靖国神社を詣でてなぜ悪い、と言っている。悪くはないけど、自分の先輩たちがしたことを真に憂えているのかなあ。もしそうならもう少し慎みがあってもいいのにな、と思う。遊就館にある兵隊さんたちの手紙なんか見ると泣くよ。こんなに覚悟をして犬死にだと知りながら、国じゃなくて奥さんや子供や家族のために死んでいった。そういう人たちの命を、政治の道具にしてはいけないと思う。
私も年を取って、そろそろ終わりのことを考えているけど、先のある人たちは勇ましいよね。そういう人たちにはわからないこともあるのではないか。
だから慎みというのが必要なんだと思う。