さてとまる

日々を綴る

今日は江戸に

もーお、どいつもこいつも悪党ばかりである。

歌舞伎座に「東海道四谷怪談」を見に行ってきた。色悪・民谷伊右衛門片岡仁左衛門様、妻のお岩に坂東玉三郎様の配役である。

本日は一番後ろの方で観劇したのだが、私もそうだけど、幕がサーッと引かれて、傘を直す伊右衛門が舞台に現れた瞬間、前後左右の女性のお客様がほとんど同時にオペラグラスを構えた。ほんとにもう出てくるだけで、千人位女を騙していそうな伊右衛門。台詞でも
「飯も食いあげているのにガキなんか生みやがって。これだから素人の女は…」
みたいなことを言う。
どこかで見たことあるなコレ。
そう、貧しさがトリガーになるサスペンスドラマの出だしのようだ。


伊右衛門赤穂浪士で、今は失業して傘張りの内職をしている、決して現状に満足などしていない男である。そしてあろうことか、妻のお岩の父を手にかけておきながら、父の仇討ちの助太刀を条件にお岩と夫婦に戻った(もうここまでで懲役300年くらい)。
戻ったはいいが、貧しさに耐え兼ね、こんなにいい男の俺がなんでこんなところで感満載で小悪事を働いている。
そんな男にまるで蜘蛛の糸のような縁談が持ち上がる。かつての君主の仇敵に仕える高官の孫娘が自分に懸想をしており、婿になって欲しいのだと。

6月にやはり同じ鶴屋南北作の「桜姫東文章
を見にいったのだが、本当に善良な人に容赦がない。一番最初に「どいつもこいつも悪党」と言ったのはそういうことで、善良であればあるほど、窮地に陥る。このお話ではお岩さん。彼女の知らないところで物事が勝手に運び、彼女はいないも同然になってしまう。日本人の外堀から埋めていく陰湿極まりないやり方は昔も今も変わらないなあ。

けど、思うに、現代にも続く悪いやつの面白さ。ひどいことをしているのに、どこにでもあるのになぜか人を引き込む悪の魅力が200年前と現在を繋いでいる。
そして玉三郎様のお岩さんの造形は、まるでどこかでみたことのある、旦那さんの暴力に悩み、だが持った所帯をなんとか自分の努力で支えている現代のお母さんに通じる(桜姫も江戸時代のお姫様にしては、ずいぶん現代的な、自分で考えて行動するお姫様だった)。身勝手な男を書くことで、そばにいる女性の誠実さが光る。男が悪ければ悪いほど、誠実さ、可愛らしさが光るのだ。そして男は悪ければ悪いほど、かっこいいのである。人間の業ってこういうものか。それを仁左衛門様、玉三郎様その他当代随一の役者さんたちで観られる喜び。

なかなか旅行にも行けない昨今、今日は江戸に行きました。

以上。